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健康で効率的な最低限度の生活

社内失業、ミニマリズム、スポーツ

社内失業に関する重要な年号

社内失業に関する重要年号の一覧を作ってみました。青い折れ線グラフが経済成長率、赤いグラフが雇用保蔵者数です。なんとなく戦後の、社内における人余りの流れがわかるかと思います。

以下は、それぞれの年号の解説となります。

●1974年:オイルショック
それまでの高度経済成長(平均経済成長率9.1%)に一気にブレーキをかけた。日本企業は、急激な経営環境の悪化によって社内で大量の中高年を余らせてしまうことになる。


●1977年:北海道新聞で「窓際おじさん」という言葉が初めて使われる
そのオイルショックから3年後、人余りが世間で認知されるきっかけとなった。ラインの管理職から外れた中高年が、仕事も与えられず、デスクで新聞を読んだり、外を眺めては時間を潰すという光景が、そこかしこで見られたという。


●1978年:窓際族が流行語に
78年1月、日本経済新聞が連載「ニッポン・生きる条件」で、OLの雑談中にあった言葉として「窓際族」を紹介し、これが爆発的に「窓際族」の認知が広がるきっかけとなった。その年の「新語・流行語大賞」にて、窓際族が流行語として選ばれている。


●1991年:バブル経済の崩壊
バブル経済の崩壊によって、それまで300万人近い人手不足だった日本企業は、5年ほどかけて300万人の人余り状態に陥ってしまう。バブル加熱期に大量に採用した新人が放置されはじめ、多くが「社内失業者」と化したようだ。雑誌「SPA!」上では「社内プー太郎」として紹介された。


●1992年〜:失われた10年のはじまり
失われた10年の期間、中小企業では新人採用を控える傾向が続いた。そのことで後輩を教える経験やノウハウが失われ、社内での新人教育機能が麻痺。後のリーマン・ショックで社内失業を生み出す要因となった。


●2002年:失われた10年の底打ち
「早期・希望退職制度」が最も盛り上がり、上場企業だけで見ても200社で3万9732人の希望・早期退職者を募集。経験豊富な中高年層が社内で失われ、管理職がプレイングマネージャー化する中で、新人教育がなかなか進まなくなっていった。


●2006年:雇用市場が過熱期に突入
10月時点内定率が昨対で一気に5ポイント上昇。氷河期が終わり、売り手市場へと変化した年。このまま、数年間は70%近い10月時点内定率を保持するようになるが、この過熱期に採用され、教育を受けられなかった新人たちがリーマン・ショックによって一気に社内失業者化してしまう。


●2008年:リーマンショック
企業は採用活動の早期化によって、2008年の春には2009年卒にまで既に内定を出していた。そのため、2008年中頃リーマン・ショックが起き、経営環境が急激に悪化したにも関わらず、さらに翌年大量の新人を雇用することになってしまう。


●2009年:経済白書にて雇用保蔵が607万人と発表
経済財政白書にて、1〜3月期の雇用保蔵が609万人と発表された。たったの1年で570万人近くが社内で余ったことになり、バブル期のスピードを遥かに凌ぐとして一部で話題になる。


●2010年:「社内失業 企業に捨てられた正社員」が刊行

社内失業 企業に捨てられた正社員 (双葉新書)

社内失業 企業に捨てられた正社員 (双葉新書)

上記の表で、GDPと雇用保蔵の関係を見ていただくとなんとなく分かりますが、この二者は反比例の関係にあります。今後日本の景気が回復しなければ、雇用保蔵の高止まりは続くでしょう。
ただ、もし私が経営者の立場だったら、非正規社員を増やし、高齢社員を早めに定年させることで雇用保蔵を減らそうとするかもしれません。景気変動によって人数調整ができる非正規社員は、雇用の調整弁としてこの上なく便利です。買い手市場が続けば、「この際、非正規でも…」という大卒者はごまんといるでしょうし。その中から、じっくりと優秀な人だけを選別して正社員にするのです。
また、早期化してしまっている採用活動をなるべく遅らせようとすると思います。景気変動が以前よりも急激に・スピーディになっている現代において、1年先の景気動向を予測するのは困難です。なるべくなら、ギリギリまで景気動向を見極めてから新卒採用の人数を決めたいですね。でも自分のところだけ採用活動を遅らせるのは、優秀な人材を他社に奪われてしまう可能性もあって嫌なので、「学生の本業は勉強なんだから、採用活動をみなで遅らせようよ」なんてことを言い始めるかも…。